朝寝て夜起きる

創作や日々のあれこれを。

無題③

別サイトに投稿していましたが、統合のためここに置いています。そのままコピペしていますので読みにくい部分があります。

 

※残酷な描写有り

 多前門愼夜たぜんもんしんやと言う名の≪鬼神≫は、杞憂村雨きゆうむらさめと言う名の≪嘘憑き≫を嫌っている。

 ◆◇◆◇

 日常の糧は一瞬で足りるが、人生の糧は生きている限り必要だ。

  ◆◇◆◇

夜中の二時、俺と珠洲さんはリビングで静かに過ごしていた。
少し前までは軽い質問の応酬をしていたのが嘘の様な静けさだ。
珠洲さんから経済情勢の変化を事細かに聞かれたのは正直つらかった。
まあ、その分珠洲さんに今日の課題を教えて貰ったから良しとしよう。

「あの……」

珠洲さんは窓の外、塀の所を指差している。
そこには烏が一羽だけ静かにとまっていた。
鳴かず飛ばず、ただじっと此方を見ているだけの烏の目はギラギラと赤く光っている。

この烏には見覚えがあった。
と言うか、よく知っている烏だった。

烏は突然、その場で羽ばたくと窓に向かって矢のように突っ込んできた。

「っ!?」

珠洲さんは驚き目を瞑った。
しかし、部屋にはガラスが割れる音や、ましてや烏が衝突する音すら響かなかった。
俺は珠洲さんが目を瞑って見ていなかった窓をただ見ていた。
分かりやすく簡潔に話すと、衝突するかと思った烏は結果的には顔面強打にはならなかった。
羽がくっついているであろう場所から人間の腕が生えてきて、窓に両手をついて貼り付いていた。
このままじゃ手羽先は食べれそうにないな。いや、そもそもこの鳥は食用じゃない。

脳内逃避終わり。現実に目を向けよう。

「え?」

望んだ音が聞こえなかったのか、珠洲さんはゆっくりと顔を上げた。
怪訝そうな顔をしている珠洲さんは、窓に貼り付いているソレを見ると普段の彼女からは想像が出来ないような間抜けな声を出した。
まー、そりゃあもう。目の前に腕を生やした鳥が居たら誰だって驚くよな。

両手が生えた烏、両手烏は宙に浮いたまま窓をベタベタと触っている。
段々激しくなって窓を叩いたり揺らしたりしている両手烏は途端に掌を窓にべたりとつけたまま、ピタリと動かなくなった。

「荒城さん、これっは……」

「あー、後で纏めて話します」

それを言い終わると両手烏の掌は窓ガラスをすり抜けて入ってきた。
破るわけでも、溶かすわけでもなく、ただすり抜けているだけ。
そのスピードはお世辞にも早いとは言えないが、確実に止まらずに部屋の中に侵入してきた。

「っ……」

何時の間にか珠洲さんは俺の隣に居て服の裾を掴んでいた。あまりの可愛さに俺の脳内は一気にお祭り騒ぎになった。
珠洲さんって俺を焚き付けるの上手いですね。今すぐ両手烏を視界どころか俺の日常から消したいです。

「あの、大丈夫ですか?」

珠洲さんが俺を見上げてくる。何で今日はこんなにも珠洲さんに萌えるんだ?胸キュンを体験しすぎて中毒になりそうなくらいだ。
あ、多分2年間珠洲さんに会っていないからこんな風になるんだな。俺の中の珠洲さん成分が圧倒的に足りていないから、慣れを忘れてしまっているからだ。だから、久し振りの供給で驚いているだけ、と思ってみた。

まるで麻薬みたいだな、珠洲さんは。

さて、そんなアホな事を考えていたら、とうとう両手烏の両手が家の中に侵入を果たしてしまっていた。
嘴が窓に触れようとしている。

うーむ、脳内の時間と現実での時間の差が広がりすぎている。
このままじゃ、丸々単行本分の量を脳内で考えていても、現実じゃたった3行に収まる程度の出来事だったりしたら1日を終えるだけで長編大作が出来上がってしまうな。
杞憂さん風に言えば、自重、尊重、丁重にしなくては、だな。

珠洲さん、ちょっと待っててください」

大変心苦しいが珠洲さんの手と袖を別れさせると、俺は前に進んだ。
両手烏は遂に嘴を窓ガラスに通過させた。

「ぁっ!?」

うん、驚くのは当たり前か。だって、窓から女の顔が出てきてんだからさ。
初めて見たときは驚きすぎて脳内処理が追い付かなくなったからなー。
ちょっとしたデジャヴ。

さてと、読者の方々に分かりやすく説明するか。目の前の人は色白で能面のようだ。顔面には毛は一本もなく、陶磁器のよう。細い腕と相まってマネキンに見える。生気なんてモノは見受けられない。

しかしながら、こいつの対処法は俺には存在しない。
卑怯だとは思うが、珠洲さんに再会した以上俺は簡単に死ぬわけにはいかない。
だから、生きるために凄く卑怯な手を使わせてもらおう。

俺は携帯電話を取り出すと短縮登録しておいた番号に掛けた。

数回のコール音の後、聞き慣れた声が鼓膜を震わせた。

『何?』

物凄い不機嫌な声が飛び込んできた。
何時もながら俺に対しては友好的なのか非友好的なのか判断がつかない。

「悪いんだけどさ、助けてくんないかな」

分からないから直球で言った。
我ながら自分勝手すぎる物言いだ。

両手烏改め烏女は胸まで出ている。
残念ながら俺は胸で女性の良し悪しを判断しないから、色仕掛けは通用しないぞ。

『無理。今、彼女と一緒』

俺の進言はあっさりと切り捨てられた。
少しは予想していたから全然驚きはしなかった。
けれども心への被害は予想以上だ。

「知ってるから聞いてんの。来ないと俺は勿論だけどもう一人女の子死ぬから」

交渉手段に珠洲さんをちらつかせる。
俺はどうでも言いかもしれないが、流石に女の子を見殺しには出来ないだろ。

『真面目?』

マジ、とは聞かないところがこいつらしい。

「大真面目。しかも俺ランキングだとぶっちぎりで1位になるくらい可愛い」

因みに俺ランキングには現在珠洲さんしか登場していない。
単独1位だな。

「まぁ、一丁よろしくお願いしますよ」

『……了承』

そこで電話は途切れた。
携帯電話をしまうと俺は烏女を見据えた。

「どうしょっかなぁー」

今、下腹部まで出てきた烏女の腹は大きく膨れていた。
まるで妊婦の様に大きい腹にはこれまた大きな眼があった。
眼はギョロギョロと不気味に動き回っては瞬きを繰り返していた。
すると、眼はある場所で止まった。

おい、待てよ。
デカイ腹した奴が狙うのって何だっけ。
てか、その視線の先に居るのって誰だよ。
俺の右側で焦点が後ろにあってるって、紛れもなく珠洲さんじゃねぇか!

俺が珠洲さんに手を伸ばすのと、烏女が窓ガラスから抜け出すのは同時だった。
そして、腹の眼のレンズが収縮した。

それが起こるのは直ぐだった。

俺の眼に映ったのは此方を見る珠洲さんの蒼い眼だった。

吹き飛ぶ血潮に弾ける肉片。

壁は一瞬にして赤い斑模様に色づいた。
部屋に充満したのは誤魔化せないくらいの珠洲さんの血の臭い。
鉄分と赤血球が俺の鼻と目に訴えかける。

珠洲さんの形はソコにはなかった。
かわりに、珠洲さんだったものがそこらじゅうに散乱していた。
手足と頭はそれだと分かるくらいには原形をとどめていたが、胴体もと言い、内臓はただの肉片になっていた。

珠洲さんは烏女の眼によって胴体の内側から弾け飛んだ。
こうして、珠洲さんは2度目の死を迎えた。

「あ………」

頬に違和感を感じた。
泣いているのか、と思い指で拭おうとしたが、掌自体が血でベットリと塗られていた。
これでは元も子もないので袖口で拭った。
だが、拭ってみてもそこには涙のアトなんて無くて、俺の顔に飛び散ったのであろう血しかなかった。
俺はこの状況でも泣くことはなかった。
俺は悲しい様な気持ちになったのでその場に膝を落としてしまった。
口から漏れるだけの悲しみを、珠洲さんの為に出した。
少しでも悲しみを表すために。

すぐ近くに珠洲さんを殺した烏女が居るのを忘れて。

烏女は腹の眼の焦点を俺にあわせようとしていた。

が、それは叶わなかったようだ。

「何をしている、荒城静空」

凛とした声と共に響くのは、烏女の上半身が床に転がる音だった。

それはとても呆気なかった。

横に薙ぐ一閃。
まるで、豆腐を切ったかの様に滑らかな烏女の断面。
丁度焦点を俺に合わせていた眼は断面から透明な液体を噴出させて珠洲さんの血と混ざった。
血や骨など無い烏女の胴体は動きを止めると背景に溶けて消えてしまった。

烏女の消え行く様を虚ろな眼で見送ると、後ろ側からさっき声を掛けてきた人が居た。
刀を右手に構え、炎の様に赤い髪は頂点で結ばれ、頭に角を生やしている多前門先輩がそこに居た。

「怪我はないか」

それって疑問形ですか、肯定形ですか。
とは聞く気にはなれなかった。
俺は取り敢えず頷くと立ち上がり目線を先輩に合わせた。

「ありがとうございました」

一応、助けてもらったので礼を言った。
本心ではもっと早ければ珠洲さんが助かったのかもしれないと思ったが、それは言えない。
本来ならば俺までも死んでいたのだ。
それに珠洲さんは元々俺に殺された人間。
殺した俺が珠洲さんの生存を望んではいけない。

「これはなんだ」

先輩の傍には珠洲さんだったものがあった。
それを先輩は指し示すと正体を聞いてきた。

「それは、源川珠洲って人だったものです」

そこに珠洲さんが居た証拠はあるけども、珠洲さんが居る証拠はない。
肉片はただの肉片だ。
心や意思なんてものは存在してはいない。

「そうか」

先輩にしては珍しく歯切れの悪い返答だった。
俺は気になったが先輩の声を待つだけにしておいた。

「これって生きているのか」

まさかまさか。
有り得ないでしょう。
普通内臓が弾け飛んだら死にますから。

「にしても不思議だな」

「何か気になる点でも?」

顎に手を当てて考え込む先輩を他所に、俺は部屋の中を改めて見回してみた。

珠洲さんが立っていた場所はソファーと俺の間だ。
そこには両足が落ちている。
幸いながら断面は見えてはいないが、珠洲さんの足だったものの表面は綺麗に赤で着色されている。
履いていた靴下は血を吸い取って白から赤く染まっていってる。
そこからソファー側には珠洲さんの右手が転がっていた。
手にはペンダントが握られている。
そして、俺の後ろの壁際には珠洲さんの左手がある。
これは血がついてはいなかったが、断面からはゆっくりと赤い液体が流れ出て小さな血溜まりを作っていた。

俺はその左手を取り上げると丁度右手と対になるように置いた。
人間の左手って意外と重たいんだな。
触ったときの感触としては人肌に温められた皮付き肉だった。
まだ暖かさの残る腕の感触は離した今でも呪いのように残っている。

頭はキッチンの方に転がっているみたいだ。
血のあとが蛇のように曲がりくねりながら続いて、キッチンの向こう側まで行っている。
顔はこの場所からは見えないな。

「この血壁をとっても、この珠洲だったものからは生気が感じられる」

「は?」

ボソリ、とは言えないくらいの音量で先輩は話した。
その言葉にはある種の確信があるようだった。

俺は不思議でたまらなかった。
俺の目の前で弾け飛んだ珠洲さんは誰から見ても即死だ。
それなのにまだ生気があるなんて信じられなかったが、他でもない先輩の言うのとだ。
何か常人には理解できないものを感じ取っているのかもしれない。

「これは、面白いな」

「え、これって………」

肉片が動いている?

見れば壁についた血が下にひいて行ってる。
そして真っ先に珠洲さんが立っていた場所に集まっているようだった。
俺の顔についた血も体を伝い足から床へと進む。

部屋中の珠洲さんだったものが1ヶ所に集まっている。
それを黙って居た俺は先輩に視線を向けた。
特に理由はない。
ただなんとなく見ただけだった。
その顔は多分忘れないだろう。
子供のように無邪気に笑った顔なんて。

「荒城静空、お前の部屋から服を持ってこい」

「え?」

「この珠洲という奴、私と同じで再生しようとして居るぞ」

「?」

「……このままだとこいつの全裸を拝むことになるぞ」

「え!」

蔑むように、呆れるように先輩は言った。
寧ろ大歓迎です、何ては言えないな。
烏女の次に俺が切られる。
確実に切られる。

俺は急いで2階にかけ上がると取り敢えずもう着なくなったけと捨てる機会が掴めない服を2、3点纏めて持っていった。

「持ってきました」

「御苦労様」

先輩は自分の上着を肉片に掛けながら言った。
不思議なことに上着には全く血は滲み出なかった。

部屋の中は元の色を取り戻していたし、血の臭いすらなくなっていた。

「先輩はどうしてここに?」

「町内を見回っていたら、丁度烏がお前の窓に刺さっていたから来たまでだ。でも、他に屋根に大量に居たからそっちを駆除していたら遅くなってしまった」

先輩は小声で「すまなかったな」と言うと、勧めてもいないのにソファーにどっかりと座った。
足を組んで美脚ですね、と言いそうになったがひとつ忘れていた。

「先輩、土足!」

「大丈夫だ、別に汚れてはいない」

「そういう問題じゃないです!」

どうして俺の知り合いは平気で土足するんだ?

ここは日本だぞ!
こうして俺の望まない大変な日常は終わりを告げた。
明日こそは平和な一日であります様に!
あ、でもその前に珠洲さんに色々と説明しないとな…………。