朝寝て夜起きる

創作や日々のあれこれを。

宮古さん①

宮古さんの食べ物事情

 


 キーンコーンカーンコーン……。
 午前の授業も終わり、ようやく弁当の時間だ。
 小、中学とは違い、高校では給食なんてものは存在しないので、毎日母の作った弁当を用意する。今朝見た時は温かく美味しそうだったのに、開けた弁当箱の卵焼きは冷えきっている。これなら、学食にしたらいいのかも知れないけど、悲しい事に私の財布事情は冷えた弁当と同じくらいあたたかくない。
 それに、私よりも早くに起きて作ってくれる母の優しさを無下にすることはできない。そう自分に言い聞かせて弁当に箸を伸ばす。
 私が弁当を食べながら次の授業に事を考えていれば、前の椅子が引かれる。座ったのはその席の主ではない。
「お腹すいた~〜」
 私の目の前で盛大に溜め息をついたのは、このクラスの中で私が唯一名前を知っている女生徒の宮古奏。
 目線を横にずらせば彼女の席が見える。席は今現在誰も座っていない。だけど、近くでは男子達がグラビア雑誌を見ながら昼食をとっていた。
 生徒指導の先生に見つかれば、あの雑誌の没収は免れない。と言うか女子もいる教室内で堂々とひろげる物ではない。
 宮古も近寄りたくなくて、私の所まで避難してきたのであろう。
 彼女は手に持ったビニール袋を私の机の上に置くと、中から買ったものを取り出した。並べられるそれらはどれも透明なセロファンで包まれた物ばかりだ。
「今日もコンビニ弁当なの?」
 中の物をすべて出され、用済みとなった袋からは某有名コンビニ店の名前とロゴが見えた。
「いや、今日はちょっと違うんだよ」
 宮古が声を張り上げてそう言うので、私は今一度、机の上を半分占拠するそれらを確認した。チーズグラタン、大根サラダ、豆乳プリン、牛乳と見事に白色で統一されている。どれもプレミアム商品でもなければ、地方限定や期間限定の品でもない。普通に近所のコンビニで売っているそれらが何を意味するのか分からない。
 首を傾げながら再度彼女を見ると、私が分からないのが嬉しいのか、腕を組んではニヤニヤと腹がたつ顔をしている。
「実はね、これを食べると胸が大きくなるらしいの!」
 声高々に言い放つ彼女に、私は文字通り目が点になった。
「胸が、大きく……?」
「昨日ネットで知ったんだけど、乳製品や根野菜って胸を大きくするのに効果があるらしいのよ。だからこれを毎日たくさん食べれば私も巨乳の仲間入りよ」
 何だそれ、の一言に尽きる。食べるだけで胸が大きくなるのなら今頃貧乳なんて存在しない。
 コンビニ食品が体に悪いと言うわけではないが、毎日こればかりだと悪くなりそうだ。おまけに、財布事情も……。
「ネットの情報を鵜呑みにするのは良くないと思うんだけど」
「何事も試してみないとわからないじゃん。全部が全部、間違ってるってわけでもないんだし。可能性があるものは試してみないと」
 確かにそうかもしれない、と思うが納得がいかない。そんなモヤモヤを牛乳を飲み込みながら、腹の底へ押し込める。もちろん、私が飲んだ牛乳は宮古が買ってきた牛乳だ。
 彼女はその一連の流れを目と口を開けて見ていただけだった。
 私が彼女の牛乳を勝手に飲んだ。と云う事実を認識したであろう瞬間には表情を一変させて、顔を赤くさせながら怒り始めた。「バカッ!」とか「牛乳女!」と言うお決まりの罵声を聞き流しながら、私は未だに宮古の席でグラビア雑誌を読んでいる男子生徒を見やる。
 手に持つ雑誌の表紙には『巨乳美女特集』の文字。なるほど、こんな文面を見たら胸にコンプレックスを抱えている宮古にはダメージが大きい。と言うか、あいつら昨日も騒いでなかったか?
 昨日も隣で巨乳の話題をされていたから頭にきたのだろう。ほとんど憂さ晴らしなのか、宮古は怒りながら買って来た品物の袋を開け、口の中に詰め込んでいる。
 怒りながら食べ、合間に私へ暴言を吐く器用な真似もしているので、本気ではないのは見てわかる。
「ホント、宮古って馬鹿だよね」
「何の話!?」
 未だに私に罵詈雑言を浴びせていた宮古は驚いて、変な顔をしている。
「早く食べないと、昼休み終わるよ」
「え!!」
 私の言葉に急いでスマホの時間を確認した宮古は、再度驚きの表情をしては買ってきたコンビニ食品の包装を次々と解きはじめた。

「なんでやねん!!!」
 その後、宮古の胸は私の想像通り膨らまず、体重だけが増える結果となった。

 宮古さんの食べ物事情は失敗に終わった……。