朝寝て夜起きる

創作や日々のあれこれを。

不如帰の庭:なんでもない素敵な一日

総悟志鳥(#448) 朝霧司佐(#189) 蓬生花楓(#281)

 

 総悟志鳥そうごしとりは悩んでいた。彼女はこの鹿鳴館に配属されてから長い時間が経過している。初期こそ館内の住人達との一悶着があったものの、今では友好的な関係を築けていると感じている。それでも、志鳥は他の住人には言えないことで悩んでいた。

 午後の任務のない待機時間で、志鳥は昼食を済ませていた。考えているのは悩みのこと。自分一人で解決できないことはわかっているが、残念なことにここの住人は性格に難がある。とても相談できるような人はいない。まだ口の固い冴さんがいれば話を聞いてもらうことだけでもできたかもしれないが、本当に間が悪いことに彼女は本部に出向していて不在だ。

「居てほしい時に居ないとは」

 人知れず毒づくが、志鳥は知らない。冴の因果が『適者生存』なことで、例えこの場にいたとしても出会うことはないことも……。

 他に相談できそうな人物を片っ端から探してみるけど、すぐには思いつかない。最悪、唯一繋がりのある上司の八咫に相談する手を考えたが、今は待機中の身なので軽率に持ち場を離れることはできない。

「志鳥ちゃんーどうしたの?」

 食堂に現れたのは同じ班の先輩、朝霧司佐。両手には食事トレーを持っているのでこれから遅めの昼食なのだろう。

「なんにもありませんよ」

 つい、いつもの癖で冷たい言葉を放ってしまった。彼女はまたやってしまったと後悔しているが、住人たちの間では照れ隠しとして認知されているので司佐は気にすることなく隣の席に座る。

「冴ちゃん今は本部にいるんだってね~いつ帰ってくるのかな」

「事前連絡だと来週までには戻ってくるようですよ」

 本部で総代が寝込んでいるので書類関係が全てストップしているからその応援だ。寝込んだ原因は睡蓮寺様と旦那のデートを妨害したから睡蓮寺様にボコボコにされたせいだ。身体的にではなく心理的に再起不能になるまでやられたようだ。ここではよくあることの様でここに来てから既に3回起こっているし、そのたびに冴は本部へ呼び出されている。

「いい加減、学習してほしいものですね。総代が使い物にならないと下の者に負担がかかります」

「おっちゃんが使い物にならなくなっても大丈夫なように皆いるし、負担だと思ってる人はいないと思うな~」

「それも、そうですか」

 実際、悪いことばかりではないのは確かだ。書類の流れは速いし、総代が使えなくても特に混乱はない。居てもいなくても変わらないのなら、居なくて良いのではと考えてしまう程に快適だ。それを前に口に出そうとしたが、曲がりなりにも総代なので口を噤む。

「でもおっちゃんも毎回頑張るよね~。私がここに来る前からやってたみたいだよ。大体12年くらいかな。逆にすごいよね」

「12年も繰り返してるんですか……」

 ここに来てから総代の印象は下がり続けている。所属した当初は憧れを抱いていたが今ではその気も失せてしまっている。

「八咫さんはもう諦めてるって言ってたし、冴ちゃんもやめさせたら死ぬかもしんないって言ってたから誰も止めらんないや」

「死ぬほど睡蓮寺様が好きなんですか」

「好きな幼馴染が自分以外の人と結婚したら嫉妬しちゃうよ。おっさんあの年で童貞だし」

 狐ってのもあるよね。と司佐は笑って言うが、本来ならば笑い事ではない。

 司佐の言う狐とは白面金毛九尾の狐のことだ。その妖狐でも特に力が強い狐の妖怪。その気になれば人を呪い殺すことなんて造作もない。まあ、総代の性格上そんなことはしないだろう。

「あらあら。珍しい組み合わせね」

「蓬生先輩」

 今度現れたのは班のサブリーダーの蓬生花楓だ。美しい黒髪を揺らしながら近づいてくる。

「花楓ちゃんも今日待機なの?」

 司佐が箸を咥えながら話しかける。花楓はうっとりとした表情を浮かべる。

「冴ちゃんがいない間、部屋の掃除を任されているの。綺麗好きの冴ちゃんのことだから一日も掃除を 欠かせないわ」

「へぇ、そうなんだ」

「冴ちゃんが私だけに頼んだってことは、ここで一番信頼しているのは私ってことよね。将来的に同じ部屋に住むけど、今任されているってことは通い妻同然だわ」

「そうなのかなぁ」

「それに部屋に入る許可を貰ったんだから有効活用しなきゃね。今日はやることが多くて大変だからお昼が遅くなっちゃたし、まだまだやることが残ってて忙しいわ」

「たいへんだね」

「これくらいどうってことないわ。将来的にはもっと頼ってもらわなきゃいけないことが多くなると思うし、そのための予行練習だと思えばどうってことないわ。あの男が冴ちゃんを独占していることは許せないけど、一緒になる以上はこういうのも乗り越えないとね。嫁姑問題は結婚につきものでしょ?」

「うん」

 段々と司佐さんの顔色が悪くなる。なおもマシンガンの様に話し続ける花楓さんの顔は緩み切っている。花楓さんに冴さん関係の話題は地雷なのにこの人はなんで同じ失敗を繰り返すのだろうか。このままでは花楓さんの勘違いと願望が詰まりまくった聞くに堪えない話をされ続けるだろう、というかそうなる。仕事では優秀な働きぶりを見せるのに、人間関係には重大な爆弾を抱えすぎている。間違いなく普通の社会では生きていけない部類の人間だろう。

 このままだとストレス汚染を受けまくった司佐さんが文字通り爆発する。穏やかな午後の食堂に女子高生の脳みそが飛び散るのは避けたい。

 今この場助け舟を出せるのは私しかいないが、面倒くさいことこのうえないので正直誰かにこの役を代わってほしい。期待を込めてあたりを見渡すが助けになりそうな人はいなかった。