朝寝て夜起きる

創作や日々のあれこれを。

無題⑤

別サイトに投稿していましたが、統合のためここに置いています。そのままコピペしていますので読みにくい部分があります。

 

「それで、昨日はあのまま夕餉ゆうげを作らせてそのまま同衾どうきんしたのか」

「スンマセン、大体わかるんですけどちょいちょいわかんないです」

「荒城さん、夕餉は夕飯の事で、同衾は同じ布団で寝ることです」

昨日の事をありのまま話せと言われたので、ありのまま話したらそう言われた。
朝起きて一番驚いたのは、先ず目の前に珠洲さんが居たことだ。
仄かに香る俺と同じシャンプーの香り。
本当に同じのを使っているのかが疑問になるくらい良い匂いがした。
おまけに同じベッドで寝たという事実が俺を奮い上がらせた。
思わず心の中で叫んだので、朝っぱらから近所迷惑になるような事はなかった。

昨日はあの後珠洲さんに料理を作ってもらって、順番に風呂に入って、そのまま疲れたから寝たんだっけ。
風呂入るときノリで「一緒に入りませんか?」って聞いたら、まさか「良いですよ」って返ってきたのは驚いたな。
誤解解くの大変だった。

あれ、そう言えば…。

ふと、あることが気になり、少しだけ首元から覗く白い肌を眺めた。
こればっかりは純粋に下心無くだ。
その部分をちゃんと記憶してほしい。
まぁ、見た理由は簡単だ。
ちゃんと傷痕が消えているかだ。
いくら本人が何事もなく家事をこなして、風呂に入り、生活しても何処かにまだ傷が残っているのかもしれない。
少し不安になったが見える範囲では傷痕が全く見当たらなかったので、本当に全て無くなってしまったと思い安心した。

しかし、いくら生き返ったと思ってもちゃんとした人間ではないみたいだ。
目の前で破裂した珠洲さんも今この場に居る珠洲さんも両方とも同じ珠洲さんだ。
なら、俺が考えることは1つだけだ。
珠洲さんとずっと一緒に居る。
これだけだ。
その為には何があっても珠洲さんを守る。
今の俺にはそれしか考えられなかった。

「……」

「あ、起きましたか」

こくり。
珠洲さんは首を縦に振った。
その目はまだ眠たそうに薄く開けられていたが、2、3度瞬かせれば何時も通りの大きな瞳を覗かせるようになった。
数秒ボーッとしてると思えば、目の前の俺やその後ろにある窓、果てにはベッドヘッドを眺めれば壁に掛けてある時計を見た。
その間ずっと、俺は彼女の行動の行方を終始見ていた。
可愛いのも勿論あるが、初めて見る仕草や行動につい目が行ってしまい観察していたのだ。
時計をずっと見ていたので俺もつられて時計を見る。
何も変鉄の無い時計で子供の時から使っている物だ。
文字盤は木で出来ているが、数字のところだけ金属で出来ている。
時計を見たまま固まっている珠洲さんは時計に集中していた。

「あの、珠洲さん、どうしましたか?」

「………………………いえ」

そう言うなり、珠洲さんはベッドの上に立った。
肩から毛布を外し、そのまま背伸びをして時計に手を伸ばした。

「っちょ、と、え!?」

珠洲さんは時計を取り上げるとまじまじと見始めた。

「この時計、動いて無いです」

確かに時計は全然動いては居なかった。
それこそ、ただの置物で時計としての役割を全然果たしてはいなかった。
重くて埃まみれの汚い時計だ。
その時間は8時42分で止まっていた。
俺が珠洲さんを殺した時間だ。
文字通り、俺の時間はその時間で止まっている。

「不思議ですね。さっきまでこの時計の秒針の音がしたのですが」

「え?」

それは聞き捨てならなかった。
この時計は絶対動かないのに…。

「あ、電池が入って居るので切れたんですね」

「違いますよ」

この時計は電池が切れたから止まったのではない。
俺が止まるようにしているから止まっているんだ。
これが再び動き出すためには俺が進むようにすればいいだけだ。

でも、止まった時を動かし始めるのは簡単じゃない。

「この時計は俺の時間と連動しているんです」

珠洲さんの瞳がこっちを見た。

「それは……」

その先は何も言ってこなかった。
それとも言い出せなかったのかもしれない。
いや、ただ単に話の先を促しているだけなのかもしれない。
それでも俺は珠洲さんの促す先を言う気にはなれなかった。

「先進んだのはきっと珠洲さんと一緒にいたせいですね」

思い出すように、懐かしむように、羨むように。
その感情は、俺が望んでいたモノを俺自身が壊してしまった事を暗に表して居ただけだった。
不覚にも涙がこみ上げた。
目の奥が閉まる感覚に下を向く。
俺の視界から珠洲さんが消える。
俺が意図的に意識を持って消したのだ。
この状況はあの時に似ているな、と思ってしまったのは俺の心が弱って居るせいだ。
こんな冗談みたいなことを言うことでしか、自衛が出来ないのだ。
愼夜さんに今の姿を見せたら蹴り飛ばされるな、と更に気持ちに余裕を持たせようと必死になる。

何だか、昨日から色々と弱ってるな……。

恐らくそれは……、いややめておこうか。
全部同じ答えだ。

「………」

珠洲さんはずっとベットの上に立ったまま俺を見下ろしていた。
手には動かない時計を持ち、瞳は依然として俺を見ていた。
そろそろ大丈夫になったであろう俺は上を向き、見つめてくる眼を見つめ返す。

「俺の中の認識を相手に植え付ける。これが俺の持つ≪凡人≫の能力です」

すっきりと出した言葉。
この話をするのは初めてだ。
この≪凡人≫自体には人に危害を加える力を持ってはいないが、とても危険な代物だ。

もしも俺が『黒は白だ』と認識して誰かに植え付けたら、その植え付けられた誰かは黒が白に見えてしまう。
勿論他の人は黒が白なんかに見えはしない。
普通の認識をした人たちの中に、違う認識を持った人は明らかに異質だ。
異質なものは社会に弾かれるのはこの世の摂理とも言ってもいい。
そんな摂理の中でその人は正常に生きていけるのかは分からないが、苦労するのは目に見えている。
昨日までは黒が分かって居たのにも関わらず、常人が言う黒を認識できず、そもそも黒と言う色がどんな色なのかもわからない。
その人の過去、現在、そして未来から黒をなくしてしまうんだ。
周囲の人間には到底理解できないだろう、黒を認識出来ないこと以外は他人と何ら変わらないのだから。

人一人の認識を完全に変えてしまう。
下手をすればその人の人生を狂わせてしまうかもしれないのだから。

たまたま例えが黒を白にするだけの話だ。
もしもこれが命に関わるような事だったら、犯罪に関わるような事だったら。
俺は知らず知らずに植え付けてしまった俺自身の価値観のせいで、見ず知らずの人の人生を変えてしまうんだ。

「では、この時計は」

そう言って珠洲さんは視線を俺から時計に移す。
視線を外されたときに、何故か肌寒くなってしまった。

「俺の心の時間を疑似的に表してます。その針が進めば進む程、俺の心は今に近づきます。逆に巻き戻す場合がありますけど、珠洲さんが気にすることは無いですよ」

俺自身の心の進み具合の認識を時計に反映させている。
これは、『この時計は完全に俺の心を表して居る』と俺が認識しているから誤魔化す事が出来なければ、変えることもできない。

これから俺が死ぬまでこの時計はずっと俺の心を表し続けるのだろうな。

「このまま止まった場合では……」

「心と体が離れすぎて、そうですね……そのうち五感や四肢のコントロールが出来なくなりますね」

当たり前だ。
今の俺は体は順調に成長を続けているのに、中身がそれに伴って居ない状態だ。
言うなれば、体は前に引っ張られているのに中身はその場から動こうとしてない状態。
このまま行けば体から中身が出てしまうだろう。
それこそ二つが完全に別々になってしまう。
そうなったら、完全におしまいだ。

「時計自体を進めればどうなりますか」

「俺の心もそれに連動して進みますけど、身体が拒絶して何らかの異常が起こります。一気に進めても碌なことが無いです。何事も地道が一番です」

最後は捲し立てるように終わらせた。
これ以上話してれば学校に遅刻してしまう。
それだけは何とか避けたい。

「そうですか」

それを察したのか珠洲さんは頷くと時計を元の場所、壁のフックにかける。

「はい。では、朝ご飯食べましょうか」

俺はうまく笑えていたのだろうか。
ってなことがあって学校に行った。
珠洲さんは校門を通過する前にこの学校の生徒でもないのに入っても大丈夫なのでしょうか。と言っていたが無問題だ。

「はい、珠洲さん大丈夫ですよ」

そう声をかけて珠洲さんを敷地内に入れた。

「……?」

確かに学校に早く来たとは言え、部活動がある生徒は自主練目的で俺達より早くに来ている。
しかし、誰一人として珠洲さんに気を留める人はいない。
視界に入れる事はあるが、好奇な目で見ることは無い。
まるで其処に居る事に疑問を感じない態度。

やっぱり驚くよな。

今の珠洲さんを表すなら、まさしく鳩が豆鉄砲を食ったような感じだ。

「これは…」

「今、学校の敷地内に居る人限定で『珠洲さんはここの生徒だ』って言う認識を植え付けたんで、」